11年後ですって
2022.03.11 お知らせ
またまたこの日がやってきました。ウクライナ危機がらみのニュースとコロナ関連でさらに割愛されながらも、国家的危機という意味合いでは相通じるところがあり、平凡な日常の繰り返しのもつ偉大なる単調さがあらためて何物にも代えがたいものだと気づかされます。
職業柄、戦時下の人たちはコロナ感染対策はどうしているのだろう?以上に、歯が痛くなったら、入れ歯が壊れたら、どうしているんだろう?とも感じてしまいますが、もちろんそんな些細な(?)事柄を報じるニュースはありません。それと同じぐらいこまかな(?)ことは、概ねほとんど知らなくともいいことのようになっています。それらの積み重ねこそが生活、ということなのに。
ウクライナのこの戦禍は11年後、どのような変遷をたどりどのような評価となっているのでしょうか。穏やかな日常であることを祈るばかりです。
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